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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)151号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

原告

日立電線株式会社

同代表者代表取締役

橋本博治

同訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

安田有三

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

被告

古河電気工業株式会社

同代表者代表取締役

友松建吾

同訴訟代理人弁理士

岡田喜久治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第14063号事件について平成3年4月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「光ファイバ複合架空地線」とする特許第1395875号(昭和51年8月18日出願、昭和60年9月17日出願公告、昭和62年8月24日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、平成元年8月25日、原告を被請求人として、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成1年審判第14063号事件として審理した結果、平成3年4月18日、「特許第1395875号発明の特許を無効とする。」との審決をなし、その謄本は、同年6月10日原告に送達された。

2  本件発明(但し、出願公告決定後の補正に係る特許請求の範囲の記載に基づくもの)の要旨

架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。

3  審決の理由

審決の理由は別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、出願公告決定謄本送達前の昭和60年1月22日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)は要旨を変更するものであり、特許法40条(平成5年法律第26号による削除前のもの)の規定により、本件出願は上記手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなすとし、出願公告決定謄本送達後の補正につき同法64条の規定に違反するもので、同法42条の規定によりこの補正は採用できないとして、対比検討する本件発明の要旨は、本件補正により補正された特許請求の範囲に記載された「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」と認定したうえ、本件発明は、スイス国特許第567730号明細書(審決における甲第6号証、本訴における甲第3号証)、社団法人海外電力調査会鋼管研修報告No.109「西ドイツにおける電力用情報通信システム」(1981年8月発行)(審決、本訴とも甲第4号証)、特開昭51-45291号公報(審決における甲第11号証、本訴における甲第5号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、同法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により、その特許を無効にすべきものとする、としたものである。

4  審決の理由に対する認否

審決の理由Ⅰ(手続きの経緯)、同Ⅱ(請求人の主張)について、同Ⅱ-1(甲第1~13号証)のうち、甲第6号証(審決での書証番号)の認定中の「外筒(2)」(10頁13行)、「架空線路」(11頁2行)の部分は争い、その余は認める。同Ⅱ-2(請求人の主張する理由1)、Ⅱ-3(請求人の主張する理由2)は認める。同Ⅲ(被請求人の主張)は認める。同Ⅳ(要旨変更についての検討)について、同Ⅳ-1(出願公告決定謄本送達前の補正について)のうち、被請求人(原告)の主張内容は認めるが、その余は争う。同Ⅳ-2(出願公告決定謄本送達後の補正について)は認める。同Ⅴ(対比)のうち、「本件出願は手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものであり、」との部分(27頁7行、8行)は争う。甲第6号証の記載事項、一致点及び相違点の認定については、甲第6号証には、光導体を取り囲むものが合成樹脂の「外筒」と記載されているとした点、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には・・・光ファイバが収容されている」と記載されているとして、そのことも本件発明との一致点としたこと、甲第6号証に記載のものでは、架空ケーブルが「架空線路」として用いられているとした点は争うが、その余は認める。「光ファイバが、電線の技術分野において通信導線として用いられることは周知である。」との点は認める。同Ⅵ(当審の判断)について、同Ⅵ-1(相違点1について)のうち、甲第4号証に記載される架空地線としての機能も有する自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルは、昭和56年8月時点において公知であったこと、架空地線であれば、裸金属線条を撚り合わせた構造は当然の付加的事項にすぎないことは認めるが、その余は争う。同Ⅵ-2(相違点2について)のうち、「甲第6号証に記載される光ファイバ複合架空ケーブルでは、光ファイバを収納する管体を、鎧装で形成される内部空間に位置させることで、外部からの通信導線への妨害を避ける作用効果を得ることが意図されている。」(33頁末行ないし34頁4行)、「ファイバが収納されている中空管をケーブル中心に有する光ファイバ複合架空ケーブルが、甲第2号証により公知であり、」(34頁10行ないし12行)の部分は争い、その余は認める。まとめの「以上のとおりであるから、・・・本件発明は、作用効果を奏するものでもない。」(34頁19行ないし35頁13行)は争う。同Ⅶ(むすび)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、本件補正につき要旨の変更に該当するものと誤って判断して、本願の出願日についての判断を誤り(取消事由1)、スイス国特許第567730号明細書(本訴における甲第3号証。以下、書証については本訴における書証番号により表示する。)に記載された発明の内容を誤認して、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し、この構成の相違による本件発明の顕著な作用効果をも看過し(取消事由2)、かつ、相違点1の認定及び判断を誤って(取消事由3)、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  本件補正を要旨変更とした判断の誤り(取消事由1)

〈1〉 本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)に、「本発明の要旨は、架空送電線又は架空地線を構成している亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線、又はアルミニウム線等の線条にアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管が添設又は撚り合せられ、当該管内に1本又は多数本の光ファイバを平行あるいは撚り合わせて挿入されていることにある。」(2頁9行ないし14行)と記載されているように、本件発明は、管によって区画される空間内に複数本の光ファイバを挿入し、更に必要であれば管を複数にすることもある、というものであって、管自体の本数が複数なければならないというものではない。当初図面第1図には、管2が2本ある実施例が示されているが、この第1図は一実施例であって、もとより管が2本であることを発明の必須の構成として意図しているものではない。

上記のとおりであって、本件発明においては、管が1本である場合も当然予定されている。

ところで、架空送電線又は架空地線においては、特殊な要請がある場合を除いて、これを構成する多数の金属線条とは異なる線条や管を一緒に撚り合わせる場合には、断面形状が円形であることから中心に配置する方が極めて自然である。何故ならば、異質な線条や管の寸法形状が多数の金属線条と異なる場合は勿論であるが、仮に寸法形状が同一であっても、ヤング率等の物性が異なることにより、撚線構成全体のバランスが崩れると撚線作業上著しく不都合が生じるので、極力バランスを保つ形とすることが望ましく、この要請からは、異質な線条や管を中心に配置することが最も簡便であるからである。

しかして、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことである。

したがって、本件発明の当初明細書には、管が1本の場合、管を「中心に」配することが記載されているということができる。また、管が複数の場合についてみても、当業者の技術常識からみて、これら管を「中心もしくは中心付近に」配することは自明の事項である。

〈2〉 次に、本件補正後の明細書に記載された本件発明の作用効果(甲第2号証の5第5欄11行ないし6欄13行に記載の(a)ないし(d)の作用効果)はいずれも、光ファイバを収容する中空線が撚り合わされた裸金属線条の中心もしくは中心付近に配置されているという、配置関係の特定によるものではなく、中空管が架空地線を構成する金属線条の内部にあることによるものである。

したがって、これらの作用効果は、当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものである。

〈3〉 以上のとおりであるから、本件補正による「中心もしくは中心付近に」管が配されているとの構成、及びその構成による作用効果は、当初明細書または当初図面に記載された事項の範囲内ではないとして、本件補正は要旨を変更するものであるとした審決の判断は誤りである。

したがって、本件発明の出願日を本件補正日である昭和60年1月22日としたことも誤りであり、本件出願日は昭和51年8月18日であるから、上記誤りは審決の結論を左右するものというべきであって、違法である。

(2)  甲第3号証の発明内容の誤認に基づく一致点の認定の誤り・相違点の看過等(取消事由2)

〈1〉 審決は、甲第3号証の発明について、「複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収容されている光ファイバ複合架空ケーブル」と認定し、上記構成をもって本件発明との一致点と認定した。

しかし、甲第3号証の発明は、「中空管によって区画された空間」を有していない。したがって、「当該空間内」に光ファイバを収容するという構成も有しない。

審決は、甲第3号証の従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」が記載されていると認定しているが、「Mantel」という用語は、甲第15号証ないし第19号証の各図面によっても明らかなとおり、中央の芯(本件では光ファイバ)に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるから、「外筒」ではなく、「保護被覆」と訳されるべきであって、上記部分は、「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている・・・」というように訳されるべきものである。

また、光導体は外力に弱く、傷つき易く非常に折れ易いため、保護のため合成樹脂によって芯となる光導体の周囲に該樹脂が接触するよう取り囲み被覆することが通例であるから、甲第3号証中の上記「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている」や「光導体は合成樹脂からなる保護被覆2によって取り囲まれているのが好ましい。」(訳文2頁4行、5行)との記載をみれば、当業者は、光導体は保護のため合成樹脂によって被覆されているものと理解するのである。さらに、甲第3号証には、「光導体は合成樹脂の保護被覆で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(訳文2頁10行、11行)と記載されているが、「保護被覆で取り囲み、機械的に支承する」との趣旨は、保護被覆が光導体に接触して取り囲んでいるということである。

一方、「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」は、それぞれ中実(丸棒状)の裸金属線条が多数撚り合わせられた架空ケーブルの構成中において異質なものであるから、仮に、甲第3号証の発明において「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」が採用されているとすれば、その構成が示され、また何のために中空管を採用するのか、その目的あるいは作用効果が記載されてしかるべきである。しかし、甲第3号証には、「中空管」の構成はもとより、任意の本数の光導体が収容されるべき「中空管によって区画された空間」もなく、またこれらを示唆する目的ないし作用効果の記載もない。

結局、甲第3号証の記載から、同号証の発明において「中空管によって区画された空間」が形成されているとみることはできない。

したがって、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定のうち、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には光ファイバが収容されている」との部分は誤りであり、審決は、甲第3号証の発明は上記構成を有しないという相違点を看過したものである。

〈2〉 本件発明は、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されている」という構成を有することによって、甲第3号証の発明にはない、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第2号証の5第6欄8行ないし13行)という顕著な作用効果を奏するものである。

〈3〉 上記のとおり、審決は、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し、かつ、相違点に係る本件発明の構成による顕著な作用効果を看過したものである。

(3)  相違点1の認定及び判断の誤り(取消事由3)

〈1〉 審決は、相違点1の認定において、甲第3号証の発明では架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであるとしているが、甲第3号証には、「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)とあるように、架空ケーブルの用途を架空電線すなわち架空送電線と明示している。

審決のいう「架空線路」なる用語は一般的に用いられるものではなく、技術用語としては送電線路、配電線路、架空送電線路、地中送電線路などが一般に用いられる。そして、これら「線路」という用語を総称的に使用する場合は電力輸送のための包括した施設をいうのであって、例えば架空送電線路を総称的意味に用いるときは、発電設備で発電された電力を需要地まで輸送することを目的として構成された電力輸送のための施設ということに他ならない。

したがって、甲第3号証に示される架空ケーブルをもって、「架空線路」に用いるものと理解することは許されず、この点において、相違点1はその認定自体誤っているものというべきである。

〈2〉 ところで、審決は、本件発明は架空地線を対象とするのに対して、甲第3号証の発明は架空線路を対象とする点をもって相違点1と認定しながら、何らの根拠も示さず架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるから、甲第3号証の発明には本件発明が当然に含まれるとするものであって、理由不備の違法がある。

次に、前記のとおり甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならないが、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されている。架空地線は、本来架空地線としてのみ鉄塔に直接接続され大地電位に設置された状態で架設、使用するものである。したがって、架空地線とはそのような状態で使用する目的に供するために独自に設計、製造される独自の製品であって、現時点はもとより、本件発明の出願当時においても、技術用語としての架空地線と架空送電線とは厳格に区別され、両者間の技術的相違は当業者間で極めて明確になされていた。

また、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線は送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものである。

したがって、甲第3号証における光ファイバ架空線路(架空送電線)に、光ファイバ架空地線の用途が含まれているものということはできない。

〈3〉 以上のとおりであるから、相違点1について、実質的な相違をなすものとはいえないとした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本件発明の出願当初の明細書及び図面には、主たる線条と共に添設または撚り合せられる管がどの箇所に位置するかについて何ら記載されておらず、本件補正に係る技術思想は出願当初の明細書及び図面に記載された技術思想を逸脱するものである。

したがって、本件補正は要旨を変更するものであるとした審決の判断は正当である。

(2)  取消事由2について

本件明細書の特許請求の範囲の記載によれば、中空管によって区画された空間内に収容されている光ファイバと中空管壁との間の空隙の有無は本件発明の要件ではない。したがって、本件発明における「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内に単数もしくは複数の光ファィバが収容されている」構成は、中空管内全域に光ファイバが収容されている構成も包含している。これに対し、甲第3号証には、光導体1が中空体である筒状体・管状体によって囲まれている構成が示されているのであるから、この点は、本件発明と甲第3号証に記載されたものとの対比において両者に相違がないとした審決の認定に誤りはない。仮に、一致点の認定についての説示に必ずしも十分ではないところがあるとしても、審決を取り消すべきほどの違法があるとはいえない。 原告は、「Mantel」という用語は中央の芯に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものである旨主張するが、ケーブルにおける「Mantel」という用語は、内側のケーブル芯に密着せずにケーブル芯との間に相当の間隙を存在させて筒・管状に覆う筒・管状体についても常用されているものであるから、原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3について

原告は、審決が「架空線路」なる用語を用いた点を非難しているが、本件の場合「架空線路」と表現してもその意味が不明になるわけではなく、誤認が生ずるわけでもない。

出願当初の明細書及び図面の記載では、本件発明は架空送電線も架空地線も同等の技術思想とされ、発明の技術思想としては両者に格別の相違はなかったのであり、その後に架空地線としての効果が追加されても、それは一般の架空地線自体が有する当然の機能、効果にすぎないから、本件発明に進歩性を認めなかった審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  本件発明の出願公告決定謄本送達後である昭和61年7月17日付け手続補正書による補正は特許法64条の規定に違反するものであって、同法42条の規定により採用できないとした審決の判断、及び、本件発明の要旨につき、本件補正により補正された特許請求の範囲に記載されたとおりの「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」とした審決の認定については、当事者間に争いがない。

ところで、本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)の特許請求の範囲には、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」と記載され、発明の詳細な説明には、「マイクロウエーブが取れない状態で有線方式だけに頼った線路では信頼性の点でかなり危険がある。このため情報量が多く、かつ、信頼性の高い線路が電力業界に於いて要求されている。本発明は、斯かる状況に鑑み、情報量が多くかつ信頼性の高い送電線路に伴なった通信線路を提供することを目的とする。」(2頁2行ないし8行)、「本発明の要旨は、架空送電線又は架空地線を構成している亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線、又はアルミニウム線等の線条にアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管が添設又は撚り合せられ、当該管内に1本又は多数本の光ファイバを平行あるいは撚り合わせて挿入されていることにある。」(2頁9行ないし14行)、「本発明の複合架空線であれば次のような顕著な効果を奏する。(1)高所に布設されるため従来の電柱等に布設された通信制御回線に比し信頼性の高い線路となる。(2)電力輸送線路の建設と同時に通信制御用線路を確保出来る。(3)光ファイバを用いるために小サイズで大容量通信が可能であり、従来の同軸ケーブルよりも、小形化軽量化されると共にマイクロ.ウエーブへの依存度も低下する。(4)一般には手の届かぬ安全な高所に通信制御回線を確保出来る。」(3頁19行ないし4頁11行)と記載されていることが認められる。

しかし、当初明細書及び図面(甲第2号証の1)には、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に添設または撚り合せられる管がどのような位置に配置されるのかについての開示ないし示唆はない。

もっとも、本件発明の一実施例を示す説明図である当初図面第1図には、12本の線条1によって形成された6角形の中心位置に管2が配置され、その外周に隣接して5本の線条1と管2が配置された(管2は下方に配置されている)ものが記載されているが、本件発明の上記目的及び効果、並びに、当初明細書には、第1図について「第1図において、1は亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線又はアルミニウム線等の線条であり、2はアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管であり光ファイバが挿入されている。」(甲第2号証の1第2頁末行ないし3頁3行)とのみ記載されているにすぎないことに照らしても、図面第1図の記載をもって、管の配置位置を開示ないし示唆しているものと認めることはできない。

〈2〉  原告は、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことであるとして、本件発明の当初明細書には、管が1本の場合、管を「中心に」配することが記載されているということができ、また、管が複数の場合も、当業者の技術常識からみて、これら管を「中心もしくは中心付近に」配することは自明の事項である旨主張する。

しかし、複数の金属線条と一緒に光ファイバを収容する管を撚り合わせる場合において、光ファイバを収容する管を「中心もしくは中心付近に」配置することが周知慣用の技術であることを認めるべき証拠はなく、したがって、当初明細書及び図面の記載からみて、光ファイバを収容する管を「中心もしくは中心付近に」配置することが自明であると認めることはできない。

また原告は、本件補正後の明細書に記載された本件発明の作用効果(甲第2号証の5第5欄11行ないし6欄13行に記載の(a)ないし(d)の作用効果)はいずれも、光ファイバを収容する中空管が撚り合わされた裸金属線条の中心もしくは中心付近に配置されているという、配置関係の特定によるものではなく、中空管が架空地線を構成する金属線条の内部にあることによるものである旨主張するが、本件公告公報(甲第2号証の5)には、上記(c)及び(d)の作用効果は、光ファイバを収容した中空管が架空地線の中心もしくは中心付近に配置されていることによるものであることが明記されており(第5欄20行ないし6欄1行。6欄5行、6行)、採用できない。

〈3〉  上記のとおりであるから、本件補正は要旨を変更するものであるとし、本件出願は本件補正に係る手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなすとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

〈1〉  甲第3号証(スイス国特許第567730号明細書)の特許請求の範囲Ⅰには、「支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」、従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」、特許請求の範囲Ⅱには、「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブルを高電圧電線に適用すること。」とそれぞれ記載されていること、詳細な説明には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。」(訳文1頁5行ないし8行)、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧網から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」(訳文1頁17行ないし19行)、「光導体は合成樹脂からなるMantel2によって取り囲まれているのが好ましい。」(1欄35行ないし37行。訳文2頁4行、5行)、「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(2欄6行ないし8行。訳文2頁10行、11行)と記載されていることが認められる。

〈2〉  原告は、審決が、上記Kunststoffmantel(2)につき「合成樹脂の外筒(2)」と、上記Mantel2につき「外筒2」とした点を争い、前者については「合成樹脂の保護被覆(2)」、後者については「保護被覆2」とそれぞれ訳されるべきであって、甲第3号証の発明においては、保護被覆が半導体に接触して取り囲んでおり、「中空管によって区画された空間」を有していないし、したがって、「当該空間内」に光ファイバを収容するという構成も有しない旨主張する。

乙第7号証(「小学館 独和大辞典」)、乙第8号証(博友社発行「独和辞典」)によれば、「Mantel」は、「外装、被覆、外側、被筒、箱、鞘」などの意味をも有するものであると認められ、甲第3号証の図面に示される円筒体からなる「Mantel」2の形状からいっても、「外筒」と訳された点に特に誤りがあるとは認め難い。

そして、「Mantel」という用語自体から、光導体に接触して取り囲んでいるような態様のものに限定されるものとは認め難い。

甲第15号証(ドイツ特許公開第2539017号公報)、甲第16号証(同第2513722号公報)、甲第17号証(同第2551210号公報)、甲第18号証(同第2628069号公報)及び甲第19号証(同第2835241号公報)の各図面には、光ケーブル等に関する発明において、「Mantel」として指示されている断面円形の筒状部材と、それが取り囲んでいる部材(光ファイバ等)との間には間隙が存在しないものが図示されていることが認められるが、他方、弁論の全趣旨によれば、内側のケーブル芯に密着せずにケーブル芯との間に相当の間隙を存在させて筒状や管状に覆う筒状体や管状体についても「Mantel」という用語を用いることがあることが認められるから、「Mantel」という用語が、中央の芯に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるとは認められない。他に、保護のために光導体の周囲に合成樹脂が接触するように取り囲み被覆することが通例であることを認めるべき証拠はない。

さらに、上記「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との記載中の「機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との文言から当然に、合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)が光導体に接触して取り囲み被覆しているものと解することもできない。

確かに、甲第3号証には、「中空管によって区画された空間」を有する構成が採用されている旨の具体的な記載はないが、上記説示したところによれば、甲第3号証の発明は、「中空管によって区画された空間」が存在する態様のものを除外しているとは認められない。

〈3〉  ところで、本件補正に係る特許請求の範囲(本件発明の要旨)は、「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」というものであって、「中空管によって区画された空間が形成されており、」との記載に続いて、「当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されている」と記載されているから、上記「中空管によって区画された空間」とは光ファイバが収容される前の段階における「空間」を意味しているものと認められる。したがって、「当該空間内」に光ファイバが収容された場合には、中空管の内壁面が光ファイバに接触して被覆する場合もあるし、そうではない場合もあり得るものと認められ、本件発明はいずれの態様をも包含しているものと認められる。

そうすると、仮に甲第3号証の発明において、合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)が保護されるべき光導体に接触して被覆しているものであるとしても、光導体(光ファイバ)に接触して被覆しているという点において本件発明と相違するところはないものというべきである。

〈4〉  本件明細書には、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第2号証の5第6欄8行ないし13行)と記載されているが、この作用効果は光ファイバを中空管内に収容したことによるものであって、その点では甲第3号証の発明においても同様に奏し得るものというべく、格別顕著なものとは認め難い。

〈5〉  以上のとおりであって、取消事由2は理由がないものというべきである。

(3)  取消事由3について

〈1〉  原告は、審決が、相違点1の認定において、甲第3号証の発明では架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであるとした点を争い、相違点1の認定自体誤っている旨主張する。

「架空線路」という用語が一般的に用いられるものであるか否か明らかではないが、審決の理由中の「本件発明の属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を総称する用語として用いられていることは、従来周知である。」(甲第1号証31頁3行ないし9行)との説示によれば、審決は、「架空線路」なる用語を架空送電線と架空地線を総称するものとして用いていることは明らかである。

ところで、例えば一般的に用いられる「送電線路」についていえば、発電所と変電所間、発電所相互間、変電所相互間に、電力輸送を目的として施設された一切の設備をいうものであって、「線路」という用語は、一般的には電気工作物をも含ましめるものとして用いられているものと解されるから、審決が、架空送電線と架空地線を総称するものとして、「架空線路」という用語を用いたことは相当とはいえないが、これをもって、審決を取り消すべきほどの瑕疵であるとは到底認め難い。

原告は、甲第3号証中の「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)との記載を引用して、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならない旨主張するが、上記記載から直ちに、上記架空電線が架空送電線に限定されるものと解することはできないし、甲第3号証の特許請求の範囲Ⅱ中の「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、」との記載によれば、特許請求の範囲Ⅱは「架空送電線」に限定しているものと解され、したがって、特許請求の範囲Ⅰは「架空送電線」に限定のない発明が記載されているものと認められるから、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に限定されるものとは認め難い。

〈2〉  審決の理由によれば、審決は、架空送電線と架空地線とを総称するものとして「架空線路」なる用語を用いながら、相違点1について、実質的には、光ファイバケーブルを組み合わせる対象として架空送電線とするか架空地線とするかはその容易想到性において異なるところはないものと判断しているものと解される。

ところで、甲第4号証(社団法人海外電力調査会交換研修報告No.109「西ドイツにおける電力用情報通信システム」1981年8月)には、「(4)実用光ファイバー通信システム〈1〉バーデンベルグ社の光ファイバー通信システム (i)システム概要 バーデンベルグ社では、現在までに光ファイバーシステムを2システム導入している。その1つは図3-11のように架空地線としての機能もある自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルを既設110kv2回線送電組鉄塔の中央で、下側の相導体と同じ高さの所に相導体と同じたわみを持つ様に添架したシステムであり、」(58頁12行ないし20行)と記載されており、甲第4号証に記載される架空地線としての機能も有する自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルが昭和56年8月当時において公知であったことは、当事者間に争いがない。

また、いわゆる架空電線として架空送電線と架空地線があることは、本件発明の属する電線の技術分野において周知であるところ(この点は弁論の全趣旨により認める。)、本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)の特許請求の範囲には、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」と記載され、発明の詳細な説明にも、「架空送電線または架空地線に光ファイバを組みこんだ複合架空線に関する。」(1頁11行、12行)と記載されていることからしても、原告自身、光ファイバを架空送電線または架空地線のいずれにも組み合わせることが可能なものとして認識していたことは明らかである。

上記認定、説示したところによれば、光ファイバケーブルを架空地線に組み合わせることは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

〈3〉  原告は、審決は、何らの根拠も示さず、架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるから、甲第3号証の発明には本件発明が当然に含まれるとするものであって、理由不備の違法がある旨主張するが、審決が、単に架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるということのみを理由として、「甲第3号証(注 審決では「甲第6号証」)において架空線路として用いられるものとされる点は、まさに架空地線としての用途も当然に含まれている」としているものでないことは、その理由から明らかであって採用できない。

次に原告は、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されていること、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線は送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものであることを理由として、相違点1についての審決の判断の誤りを主張する。

架空送電線及び架空地線の目的(機能)、使用状態、要求事項には、それぞれそれなりの相違があるものと解されるが、構造や設計基準の点でどのように異なっているのかについての立証はなく、電力送電とは直接関係のない光通信用の光ファイバケーブルを一体に組み合わせることを当業者が容易に想到し得るか否かということを考えるについて基本的な影響を及ぼすほどの相違が、架空送電線と架空地線の各構造自体に存するものとは認められない。すなわち、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象について、架空送電線とするか架空地線とするかはそれなりの得失はあるとしても、光ファイバケーブルを、一方に組み合わせることはできるが、他方に組み合わせることはできないという技術的理由を見出すことはできない。

また、本件明細書には、本件発明に係る光ファイバ複合架空地線は上記(a)及び(b)の作用効果を奏する旨記載されているが(甲第2号証の5第5欄11行ないし19行)、これらの作用効果は、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象につき架空地線を採択することにより当然予測し得る程度のものと認められ、かつ、上記構成は容易に想到できたものであるから、上記作用効果をもって格別のものとすることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈4〉  上記のとおりであって、相違点1の認定及び判断は、その説示に必ずしも適切ではない部分、やや不明確な点は存するものの、審決を取り消すべき誤りがあるとは認められず、取消事由3は理由がない。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を違法として取り消すべき事由は認められない。

よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成1年審判第14063号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

請求人 古河電気工業株式会社

東京都港区新橋4丁目24番3号 エムエフ新橋704室 岡田喜久治特許事務所

代理人弁理士 岡田喜久治

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

被請求人 日立電線株式会社

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 武顕次郎

上記当事者間の特許第1395875号発明「光フアイバ複合架空地線」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1395875号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

(手続きの経緯)

Ⅰ.本件特許第1395875号発明(昭和51年8月18日特許出願、昭和62年8月24日設定登録。)の要旨は、その特許請求の範囲の記載によれば、以下のとおりのものである。

「1 架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光フアイバが収容されていることを特徴とする光フアイバ複合架空地線。」(請求人の主張)

Ⅱ.これに対して、請求人は、証拠方法として甲第1号証ないし甲第13号証を提出し、本件発明の特許を無効とする審決を求めている。

甲第1号証 特公昭60-41403号公報(本件発明の公告公報)

甲第2号証 (甲第2号証の1);本件発明にかかる

昭和61年7月17日付け手続補正書

(甲第2号証の2);本件発明にかかる

特許法第64条の規定による補正の掲載公報

甲第3号証 特開昭53-24582号公報(本件特許の出願公開公報)

甲第4号証 社団法人海外電力調査会交換研修報告No.109

『西ドイツにおける電力用情報通信システム』

1981年8月(昭和56年8月)

第57頁~第58頁、第60頁、第70頁

甲第5号証 CIGRE:International Conference on Large High Tension Electric Syatems 1972 Session 28 August-6 September第1~3頁

甲第6号証 スイス国特許第567730号明細書

甲第7号証 実開昭48-30772号公報

甲第8号証 実開昭51-17027号公報

甲第9号証 特開昭50-151535号公報

甲第10号証 フランス国特許第2282648号明細書

甲第11号証 特開昭51-45291号公報

甲第12号証 実公昭37-3960号公報

甲第13号証 実公昭32-16036号公報

(甲第1~13号証)

Ⅱ-1 甲第1~13号証には、以下の内容が記載されている。

Ⅱ-1-1 甲第1号証 特公昭60-41403号公報(本件発明の公告公報)特許請求の範囲には、以下の如くに記載されている。

「1 複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光フアイバが収容されていることを特徴とする光フアイバ複合架空地線。」

そして、その詳細な説明には、前段階の技術とされる第7図に示される裸金属線条からなる送電線路に吊架具により添設一体化されるものに比較して、光ファイバにメンテナンス性向上、風圧の影響での光ファイバの破損が生じにくいこと、中空管が裸金属線条の中心もしくは中心付近にあるので布設作業が容易となること、等の作用効果があると記載されている。

Ⅱ-1-2 甲第2号証

Ⅱ-1-2-1 (甲第2号証の1)

本件発明にかかる昭和61年7月17日付け手続補正書

Ⅱ-1-1に示した本件発明の公告公報における特許請求の範囲を、以下の如くに補正するもの。「1 架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」(Ⅰにおいて、ひとまず本件発明とされるものと同じ。)

補正内容は実質的に、請求人の主張する如くに、「導電性を有する裸金属線条」の記載の「導電性を有する」を削除すること、および「中心もしくは中心付近」を「中心近傍」と変更することが、その補正内容である。

Ⅱ-1-2-2 (甲第2号証の2)

本件発明にかかる特許法第64条の規定による補正の掲載公報

Ⅱ-1-2-1に示したものと同じ補正内容が記載されている。

Ⅱ-1-3 甲第3号証 特開昭52-24582号公報(本件特許の出願公開公報)

本件出願の当初明細書及び図面に相当する。

特許請求の範囲には、以下の如くに記載されている。

「1 架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」

詳細な説明には、これの有する作用効果として、一般には手が届かない安全な高所に布設されることにより、従来の電柱布設のものに比較して信頼性が高いこと、

電力輸送線路の建設と同時に通信制御線路が確保できること、および

光ファイバを用いることにより、小サイズでの大容量通信が可能なこと、

が、記載されている。

そして、その後の補正で根拠とされる本件複合架空線の断面図である第1図と共に、光ファイバの収納構造の実施例を示す第2図~第6図が記載されている。

なお、詳細な説明中には、光ファイバを収納した管が線条内部に位置されることを示唆する表現は見当たらない。

Ⅱ-1-4 甲第4号証 社団法人海外電力調査会交換研修報告No.109

『西ドイツにおける電力用情報通信システム』

1981年8月(昭和56年8月)

第57頁~第58頁、第60頁、第70頁

この文献中、当該頁には、「5.光ファイバー通信システム、(4)実用光ファイバー通信システム、〈1〉バーテンベルグ杜の光ファイバー通信システム、(i)システム概要」に関するものであり、「図3-11のように架空地線としての機能もある自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルを既設110kV2回線送電線鉄塔の中央で、下側の相導体と同じ高さの所に相導体と同じたわみを持つ様に添架線したシステムであり、」(同文献第58頁第17行~第20行、第60頁の図3-11)なる記載があり、これによれば、架空地線としての機能も有する自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルが、昭和56年8月時点においては、公知であることが記載されている。

Ⅱ-1-5 甲第5号証 CIGRE:International Conference on Large High Tenaion Electric Systems 1972 Session 28 August-6 September第1~3頁

この文献中、当該頁には、35-05TELECOMMUNICATION BY MEANS OF AERIAL CABLES ON POWER LINES なる論文が記載されており、この中の、2.AERIAL CABLES STRUNG ON POWER LINE TOWERS における、2.2Types of aerial cables には、自己支持形であって架空地線としての機能も与えられた架空ケーブルが、図面1bとともに示されている。

Ⅱ-1-6 甲第6号証(スイス国特許第567730号明細書および図面)

「情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブル」に関するものであり、その請求の範囲には、「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空ケーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

また、その詳細な説明中には、

「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。位相ワイヤ・架空ケーブルも同様に構成されている。この場合、高電圧エネルギーの伝達に用いられる位相ワイヤは、通信導線の金属鎧装として役立つ。」、

「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならず、」、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧線路から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」、および

「添付の図面に示した実施例につき以下本発明を説明する。

図面に架空ケーブルの構造が示されている。情報伝送用の導体システムは、ケーブルコアとして少なくとも一つの光導体1から構成されている。光導体は目的に合致して、合成樹脂で作ることのできる外筒2によって取り囲まれている。その外筒の外周には、高電圧位相ワイヤとして構成することもできる鎧装3が一層または多層に設けられている。

このように構成された架空ケーブルは、電磁的妨害場の影響を受けない。この場合、支持鎧装を専ら支持機能のみを果たし、遮蔽の目的は殆んど果たさないように構成することもできる。」

と記載されている。

Ⅱ-1-7 甲第7号証(実開昭48-30772号公報)

「伝送併用架空地線」に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には、「単一又は複数の導体芯線3を絶縁体2で絶縁した絶縁芯線とそれをとりまく外部導体1とよりなり、外部導体1により電撃保護を行わしめ、導体芯線3を伝送路とした伝送併用架空地線。」と記載され、これとともに、この伝送併用架空地線の断面および外観を示す図が記載されている。

Ⅱ-1-8 甲第8号証(実開昭51-17027号公報)

「光ファイバーケーブル」に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には、「光ファイバーを波付管内に収納し構成したことを特徴とする光ファイバーケーブル。」と記載され、これとともに、この光ファイバーケーブルの断面図が記載されていろ。

Ⅱ-1-9 甲第9号証(特開昭50-15153号公報)

「光ケーブル」に関するものであり、その特許請求の範囲には、「ある曲率半径まで自由に屈しそれ以上は屈曲しないフリキシブルパイプ内にある程度中空空間を有せしめて光ファイバーを収納したことを特徴とする光ケーブル。」と記載され、「ケーブル製造、布設時及び布設後の屈曲、張力、衝撃に対しファイバーの破損を著しく減少することが出来ると共に鋼製フレキシブルパイプを用いるので給電線、打合わせ回線に対し、電磁的雑音を少なくすることが出来、又防水膜を設けることにより、ファイバーを水分の影響から保護することが出来る等の利点がある。また電磁的雑音の影響のない処で用いる場合にフレキシブルパイプにプラスチック製のものを用いることもできる。」と記載される。

Ⅱ-1-10 甲第10号証(フランス国特許第2282648号明細書および図面)

「光ファイバケーブル」に関するものであり、その請求の範囲には、

「1. 長さが光ファイバより短かい保護管内に設けられている複数本の光ファイバを有すること、およびファイバ周囲の前記管は緩く組立ててあるので、ファイバと管は相互に自由に移動できること、とを特徴とする通信ケーブル。」と記載され、そして、詳細な説明において、

「光ファイバはわづかな伸びにしか耐えず破損する。また光ファイバを含むケーブルの折り曲げや引張りによるひずみはファイバの破損を招きやすい。

本発明の目的の1つは、ケーブルの折り曲げや引張り時の光ファイバの破損のおそれを減少しうる光ファイバケーブルの製造を企画することである。」

「図1によって製作したケーブルがケーブル管路内で折り曲げられあるいは引張られるときは、そこに生じる応力は円筒形保護管2によって事実上支えられる。管は極めて緩やかに組付けられているので、ファイバと管との間の物理的接触はきわめて小さいことが予想される。従って光ファイバの破損のおそれも減少する。」

と記載されている。

Ⅱ-1-11 甲第11号証(特開昭51-45291号公報)

多目的複合型ケーブルに関するものであり、その特許請求の範囲には、「通信用ケーブル、通信用同軸ケーブル、電力用ケーブル、信号用ケーブル、又はそれ等の複合型のケーブルを構成する導体金属線の一部本数又は全本数が中空構造となって居り、該中空導体内には光伝送用繊維の単繊維又は複数の光伝送用繊維からなる光伝送用ケーブルを内蔵させてあることを特徴とする多目的複合型ケーブル。」と記載されている。

そして、その詳細な説明においては、この多目的ケーブルの有する作用効果として、「中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルはそのまゝ撚線導体用素線として若しくは第1図、第2図の如く絶縁被覆をほどこして通信ケーブル、電力ケーブル等の心線として自由に撚合わせケーブルとすることが出来、ケーブル化困難の点は光通信ケーブルの問題点であったが、解決された。」「本発明を構成する光伝送繊維又は光伝送ケーブルを内蔵した中空導体は絶縁被覆なしにそのまゝ多数撚合わせて送電線用ケーブルとして使用することも出来る。」

と記載されている。

Ⅱ-1-12 甲第12号証(実公昭37-3960号公報)

架空用電線に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には「本文に詳記しかつ図面に示すごとく、内部導体周上にそれから電気的に絶縁された外部導体を設けかつ外部導体外表面には絶縁層が設けられてなる警報線心の少なくとも一本を裸導線と共に撚合わせて成ることを特徴とする架空用電線。」と記載され、そして、詳細な説明には「盗難事故を防止すべく切断された際、警報を発するための警報線を含む架空用電線に係り」と記載されている。

Ⅱ-1-13 甲第13号証(実公昭32-16036号公報)

架空送電線に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には「図示説明した如く、芯線1の周囲にアルミ又はアルミ合金管2を開放螺旋状に撚合わせ、芯線1の周囲に間隙3を生ぜしめ、更に外側にアルミ又はアルミ合金撚線層4を設けて成る架空送電線の構造。」と記載され、そして、詳細な説明には「鋼心の外側に開放螺旋状に撚合せたアルミ線をアルミ又はアルミ管とすることにより、同一重量、同一材質の送電線に対して、送電線の外径を更に増加せしめ得る著しい効果がある。」、そして「送電線の外径を増大して、コロナ損を減少し得る効果がある。」と記載される。

Ⅱ-2 請求人の主張する理由1

請求人は、本件発明にかかる手続補正に要旨変更があるとして以下のごとく主張している。

Ⅱ-2-1 出願公告決定謄本送達前の補正にかかる要旨変更

本件発明の出願公告決定謄本送達前の補正である出願公告公報の特許請求の範囲に記載された「中心もしくは中心付近」、および詳細な説明中の同じく「中心もしくは中心付近」は、当初の明細書に記載されていないので要旨変更であり、本件発明の出願日は特許法第40条の規定により、その手続補正書が提出された昭和60年1月22日とみなされるべきである。

Ⅱ-2-2 出願公告決定謄本送達後の補正にかかる要旨変更

本件発明の出願公告決定謄本送達後の補正である特許請求の範囲における「導電性を有する裸金属線条」の記載の「導電性を有する」を削除すること、および「中心もしくは中心付近」を「中心近傍」ど変更することは、特許請求の範囲の減縮でなく拡張であり、特許法第64条第1項の第1号、第2号、第3号のいずれにも該当せず、特許法第64条の規定に違反しているから、特許法第43条の規定によりこの補正は採用されるべきでない。

したがって、本件発明の無効理由の審理は、要旨変更を前提とした、出願公告された明細書(甲第1号証)の特許請求の範囲に記載されたとおりの光ファイバ複合架空地線を対象として行われるべきである。

Ⅱ-3 請求人の主張なる理由2

請求人は、本件発明は、特許法第29条第1項第3号、あるいは同法第29条第2項に該当するものであるから、特許を受けることができないので、同法第123条第1項第1号に該当し無効とされるべきであるとして、以下のごとく主張している。

Ⅱ-3-1 特許法第29条第1項第3号について

Ⅱ-2-1に掲げた要旨変更があるものとすれば、本件発明の出願日は、昭和60年1月22日であるから、本件発明は、その出願日以前に頒布された甲第3号証(本件発明の出願公開公報)記載の発明と同一となり、特許法第29条第1項第3号に該当する。

Ⅱ-3-1 特許法第29条第2項について

Ⅱ-2-1に掲げた要旨変更があるものとすれば、本件発明の出願日は、昭和60年1月22日であるから、本件発明は、その出願日以前に頒布された甲第4号証ないし甲第8号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

一方、Ⅱ-2-1に掲げた要旨変更がないものとしても、本件発明は、甲第6号証ないし甲第13号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(被請求人の主張)

Ⅲ.一方、被請求人は、本件発明にかかる手続補正には要旨変更は存在せず、また、本件発明は、甲第4号証から第13号証に記載されるものにかかわらず、特許性があるものとして、以下のように答弁している。

Ⅲ-1 要旨変更について

Ⅲ-1-1 出願公告決定謄本送達前の補正について

本件発明にかかる出願当初の明細書および図面、特に第1図の記載から、管体が中心付近にあることは明確であり、要旨変更に当たらない。

Ⅲ-1-2 出願公告決定謄本送達後の補正について

本件発明にかかる出願公告決定謄本送達後の補正における、出願公告された明細書の特許請求の範囲において「導電性を有する裸金属線条」とある記載の「導電性を有する」を削除することは、裸金属線条が導電性を有することが自明であるから、要旨を変更するものではなく、また、「中心もしくは中心付近」とされている記載を「中心近傍」とすることは、「中心」および「中心付近」の両者を明確に包含する記載にするものであり、これも要旨を変更するものではない。

Ⅲ-2 特許法第29条第2項について

甲第6号証には「架空地線機能を有する撚り合せ線」に関する記載がなく、甲第7号証には「光ファイバ通信ケーブル」に関する記載がなく、これらには、光ファイバを有する複合架空ケーブルを架空地線として用いることの示唆はない。そして、甲第8号証~甲第10号証には、単に光ファイバの支持構造が公知であることが記載されているにすぎない、また、甲第11号証、甲第12号証、および甲第13号証についても、本件発明である架空地線としての機能を有する元ファイバ複合架空地線は示唆されていない。

そして、本件発明は、架空地線としての機能を有する光ファイバ複合架空地線として格別な作用効果を奏するものである。

(要旨変更についての検討)

Ⅳ.請求人が主張する要旨変更について、各々以下に検討する。

Ⅳ-1 出願公告決定謄本送達前の補正について

昭和60年1月22日付け手続補正書について、検討する。

被請求人は、

本件出願の当初図面である第1図が、超高圧送電線路用の架空地線として標準的な19素線、3層タイプを想定した実施例の断面図であり、この場合には、「金属線条の中心に位置する管と、最外周の金属線条に接するともみられる中間層に位置する管とがある」とする見方もあり得るが、このような送電線や架空地線では、その撚り合わせ構造が同心撚り、すなわち、1本の素線を中心として、その回りに他の素線の層を願次同心状に撚り合わせたものからなることは、およそ当業者なら周知であり、電流容量に応じて、4層、5層タイプのものがあることは、自明のことであり、このような多層のものについてみれば、前記の中間層に位置する管は、「中心付近」とみるほかはない。本件発明における「中心付近」という記載は、中心にある管に接している管の配置関係を、中心側から見て表わした用語であり、この意味で、出願当初の明細書及び図面の記載から充分に読み取り得る。

と主張している。

この主張によれば、問題とされている中間層にある管の配置関係には、当初図面において中心にある管に接しているものと、これ以外に外周側にある管に接しているものとの2様の配置関係があり得、昭和60年1月22日付け手続補正書による補正は、この内の中心にある管に接している配置関係に減縮して特定するようにも解し得る。

しかしながら、本件出願の当初明細書および図面については、Ⅱ-1-3に示されるように、詳細な説明中には、光ファイバを収納した管が線条内部に位置させることを明確にした表現はない。してみると、第1図は管が、単に金属線条の内部にあることを示しているにすぎない。

そして、中間層にある管が中心にある管に接しているという配置関係に特定することによって、当初明細書及び図面からは把握できない新たな構成要件に基づく作用効果を主張していることに相当する。

したがって、この中心にある管に接する配置関係に基づく作用効果は、出願当初から意識されていたものではないものとすることが妥当である。

以上のとおりであるから、昭和60年1月22日付け手続補正書による補正は、要旨を変更するものであり、特許法第40条の規定により、本件出願は手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなす。

Ⅳ-2 出願公告決定謄本送達後の補正について

次に、昭和61年7月17日付け手続補正書について検討する。

被請求人は、本件発明の出願公告決定謄本送達後の補正である特許請求の範囲における「導電性を有する裸金属線条」の記載の「導電性を有する」を削除することは、裸金属線条が導電性を有することが自明であるから、要旨を変更するものではないと主張する。

確かに、本件発明は、架空地線として用いられるものである以上、それに用いられる裸金属線条が導電性を有していないと、その作用効果である雷撃防止の機能を有さないこととなる。そして、通常金属は導電性を有するものであることは自明である。

してみると、この補正による「導電性を有する」の削除は、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明のいずれにも該当しない。

したがって、この補正は、特許法第64条第1項の第1号、第2号、第3号のいずれにも該当せず、特許法第64条の規定に違反するものであるから、特許法第42条の規定により採用できない。

以上のとおりであるから、当審で対比検討する本件発明の要旨は、昭和60年1月22日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載される以下のとおりのものと認める。

「1 複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」

(対比)

Ⅴ.本件出願は手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものであり、その出願前にスイス国々内で頒布された甲第6号証に記載されたものと比較する。

甲第6号証には、Ⅱ-1-6に示したように、その請求の範囲に、

「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空クーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

そして、その詳細な説明中には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している」、また、「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならない」と記載されていることから、本件発明における架空地線と同様に架空ケーブルとして使用可能なものであり、また、支持鎧装は、光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材からなり、高電圧エネルギーの伝達に用いる際には、通信導線である光導体の金属鎧装とされるわけであり、導電性を有する金属線材からなる撚線構造を有するものであることが明確である。

また、光ファイバが、電線の技術分野において通信導線として用いられることは周知である。

したがって、この甲第6号証には、

複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収納されている光ファイバ複合架空ケーブル

が記載されている。

そこで、本件発明と、甲第6号証に記載のものを比較すると、両者は、

複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収納されている光ファイバ複合架空ケーブル

である点で一致し、以下の2つの点で相違している。

(相違点1)

本件発明では、架空ケーブルが架空地線として使用されるものであって、これが裸金属線条を撚り合わせた構造であるのに対して、甲第6号証に記載のものでは、架空ケーブルが架空線路として用いられるものであって、これに用いられている金属鎧装が、裸金属線様を撚り合わせた構造であるのか定かでない点、

(相違点2)

本件発明では、中空管が架空地線の中心もしくは中心付近に位置する空間を区画するように撚り合わせられるのに対して、甲第6号証に記載のものでは、中空管が架空ケーブルの中心部に位置するように撚り合わせられている点。

(当審の判断)

Ⅵ.次ぎに、上記の各相違点について検討する。

Ⅵ-1 (相違点1について)

前記Ⅱ-1-4に示したように、甲第4号証に記載される架空地線としての機能も有する自己支持形光ファイバー内蔵・架空通信ケーブルは、昭和56年8月時点において公知である。

また、本件発明に属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を総称する用語として用いられていることは、従来周知である。

ここで、前記Ⅱ-1-3に示したように、本件出願の当初明細書には「架空送電線または架空線において」なる記載があるように、本件発明は、架空地線のみに用いられるのでなく、架空送電線としても用いられることが意識されていたものである。

したがって、甲第6号証において架空線路として用いられるものとされる点は、まさに架空地線としての用途も当然に含まれていることとなり、相違点1は実質的な相違をなすものとはいえない。本件発明においては、架空地線が送電線に比較して電流容量の要求が小さいので、細径にできたるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、収納される光ファイバの破損が生じにくい、という作用効果を奏するとされるが、同種の架空ケーブルである以上、使用される条件に応じて任意の径のものとする程度のことは、従来から必要に応じて慣用されていることであり、特に架空地線と限定したことにより、格別な作用効果を奏するものではない。

また、架空地線であれば、裸金属線条を撚り合わせた構造は、当然の付加的事項に過ぎない。

Ⅵ-2 (相違点2について)

架空線路の技術分野における撚線構造は、中央部に位置する線材は捩じられず、それを中心として外側の線材が撚り合わせられる(螺旋状に巻き付けられる)ものを指していることは周知である。例を掲げるとすれば、特公昭45-11931号公報等にみられる。

したがって、相違点2における実質的な相違は、甲第6号証に記載されるものにおいては、中心に存在する管体のみ存在し、中心を含まない箇所において撚り合わせられる管体が存在しないのに対して、本件発明においては「中心もしくは中心付近」とされることにより、中心、に存在する管体以外に、中心を含まない箇所において撚り合わせられる管体の存在が含まれていることに相当する。

ところが、前記Ⅱ-1-11に示したように甲第11号証には、その詳細な説明において、この多目的ケーブルの有する作用効果として、「中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルはそのまゝ撚線導体用素線として若しくは第1図、第2図の如く絶縁被覆をほどこして通信ケーブル、電力ケーブル等の心線として自由に撚合わせケーブルとすることが出来、ケーブル化困難の点は光通信ケーブルの問題点であったが、解決された。」と記載されており、これによれば、中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルをそのまゝ撚線導体用素線として使用されることが記載されている。

そして、甲第6号証に記載される光ファイバ複合架空ケーブルでは、光ファイバを収納する管体を、鎧装で形成される内部空間に位置させることで、外部からの通信導線への妨害を避ける作用効果を得ることが意図されている。

また、中心に位置させることで得られる作用効果は程度の差があるとしても、中心を含まない中心付近の位置においても中心とほぼ同等の作用効果が期待されることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。

したがって、ファイバが収納されている中空管をケーブル中心に有する光ファイバ複合架空ケーブルが、甲第6号証により公知であり、また、光ファイバを収納する管体を撚線導体用素線として撚り合わせて用いることが甲第11号証により示唆されている以上、架空ケーブルの中心もしくは中心付近の位置に光ファイバを収納する管体を位置させることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることである。

以上のとおりであるから、本件発明は、甲第6号証に記載された架空線路として用いられる光ファイバ複合架空ケーブルにおける光ファイバを収納する中空管体を、甲第11号証に記載される光ファイバを収納する管体を撚線導体用素線として用いて、周知の撚線構造を構成することによって得られたものを、架空線路の一種である架空地線として用いたにすぎない。

そして、これにより、甲第6号証に記載されるものの有する光ファイバを用いたことによる作用効果と、甲第11号証に記載される光ファイバを収納する管体が撚線導体用素線として用いられること、およびこれに周知の撚線構造を構成することにより当然に得られる作用効果とを組み合わせたもの以上の作用効果を奏するものでもない。

(むすび)

Ⅶ.したがって、本件発明は、本件出願前に国内、スイス国およびフランス国々内で頒布された引用例4ないし引用例13に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により、その特許登録を無効にすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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